はじめに|BPマスタが「一番つまずきやすい理由」
S/4HANAを触り始めたとき、多くの人が最初につまずくのが BP(Business Partner)マスタです。
- 得意先と仕入先はどうなったの?
- BPは作成できたのに、なぜ受注や請求ができない?
- ECCの知識があるはずなのに、逆に混乱する…
こう感じたことがあるなら、それはあなただけではありません。
BPマスタが分かりにくい理由は、
「設定が複雑だから」でも「画面が変わったから」でもなく、
SAPのマスタに対する考え方そのものが変わったからです。
この記事では、
単語や設定値を暗記するのではなく、
- なぜBPという仕組みが生まれたのか
- ECCと何が根本的に違うのか
- どこを間違えると業務が止まるのか
を、新人・初学者にも分かるように順序立てて解説します。
まず押さえたい:ECC時代の得意先・仕入先マスタ
BPマスタを理解するには、まず ECC時代の常識を整理する必要があります。
ECCでは、取引先マスタは大きく2つに分かれていました。
得意先マスタとは
- 売上を計上する相手
- 主にSDやFIで使用
- 「売る相手」という役割を最初から持っている
仕入先マスタとは
- 仕入や支払を行う相手
- 主にMMやFIで使用
- 「買う相手」という役割を最初から持っている
重要なのは、役割とマスタが一体だったという点です。
そのため、ECCではマスタを作成すれば、特別な意識をしなくても業務で使えました。
ECC構造のメリットと限界
ECCの構造は、会計処理という観点では非常に分かりやすいものでした。一方で、同じ会社を得意先と仕入先の両方で管理する必要があり、住所変更や名称変更が二重作業になるという問題も抱えていました。
この「人が運用でカバーしていた歪み」が、S/4HANAでは見直されることになります。
なぜS/4HANAではBPマスタに統一されたのか
S/4HANAでBPマスタに統一された背景には、いくつかの明確な理由があります。
理由① 現実のビジネス構造に合っていなかった
現実世界では、取引相手は基本的に「1社(1人)」です。
その相手と「売る」「買う」「委託する」など、複数の関係を持ちます。
ECCでは、この1社が用途ごとに別マスタとして存在していました。
SAPはこれを 「会計都合で分けすぎている」 と判断しました。
理由② グローバル化で破綻し始めた
グローバル企業では、同一企業と国・会社コードごとに異なる関係を持つのが当たり前です。ECC構造では、同一企業のマスタが大量に増殖し、内部統制や与信管理が困難になっていました。
理由③ 会計中心からビジネス中心へ
ECCは「会計伝票を正しく切る」ことを中心に設計されていました。
S/4HANAでは、「誰とビジネスをしているか」を起点に考える設計へとシフトしています。
この思想転換の象徴が、BPマスタです。BPマスタとは何か?まずは「箱」として理解する
BPマスタを理解するときに、最初にやるべきことは
「BPで何ができるか」を考えないことです。
なぜならBPは、
それ単体では何もできないマスタだからです。
BPマスタは、「人」や「会社」そのものを定義するためのマスタです。
ここに登録される情報は、業務処理というよりも属性情報に近いものです。
たとえば、
- この取引先は法人か個人か
- 正式名称は何か
- 住所や電話番号はどこか
- 銀行口座はどれか
といった、「取引を始める前に知っておくべき情報」が集約されます。
ここで重要なのは、
この段階では「売る」「買う」といった業務的な意味は一切持っていないという点です。
ECCに慣れていると、
「得意先=売上」「仕入先=支払」
という感覚が染み付いているため、
BPも同じように考えてしまいがちです。
しかしBPは、
あくまで“取引相手の実体”を表す箱です。
業務で使うためには、
この箱に「役割」を与える必要があります。
ロールという考え方が分からないと必ず詰む理由
BPマスタで最も重要なのが ロール という考え方です。
ここを理解できるかどうかで、BPマスタの理解度は大きく変わります。
ロールとは一言で言うと、
**「このBPを、どの業務で、どんな立場として使うか」**を示すものです。
たとえば、
- 売上を立てる相手として使う
- 仕入・支払の相手として使う
といった業務上の立場を、
後付けでBPに与える仕組みがロールです。
ECCでは、
- 得意先マスタを作る=売る相手
- 仕入先マスタを作る=買う相手
というように、
マスタの種類そのものが役割を表していました。
そのため、ECCでは
「マスタを作ったのに使えない」
という状況は、あまり起きませんでした。
一方、S/4HANAでは、
- まずBPを作る
- 次にロールを付ける
- ロールに応じた会社コードや組織データを設定する
という段階的な構造になっています。
この流れを理解していないと、
- BPは存在している
- 画面でも確認できる
- でも受注や請求をしようとするとエラー
という状態に必ず遭遇します。
これは不具合ではなく、
**「まだ役割が与えられていないBP」**だからです。
BPマスタ移行の全体像をもう一段深く理解する
BPマスタ移行は、単なる「データ変換」ではありません。
考え方の移行を、データに反映する作業です。
移行の流れは大きく3つに分かれます。
① CVIの設計・設定
ここでは、「ECCの得意先・仕入先を、どのようなBPとして作るか」を決めます。
- 番号はどうするのか
- 得意先と仕入先を統合するのか
- ロールはどう付与するのか
といった、移行のルール作りが中心です。
② BPへの変換
設計したルールに基づいて、
ECCのマスタがBPに変換されます。
この工程は技術的な作業に見えますが、
実際には「設計の答え合わせ」に近い工程です。
③ 移行後の検証
BPが作られたあと、
業務が実際に回るかどうかを確認します。
多くのトラブルは、
この③の視点が不足していることで発生します。
CVIとは何をしている仕組みなのか
CVI(Customer Vendor Integration)は、
「ECCの得意先・仕入先マスタをBPに変換する仕組み」と説明されることが多いですが、
この理解だけだと、実務では必ずつまずきます。
なぜならCVIは、
**データを変換するツールではなく、
“どう変換するかを決める設計ルールそのもの”**だからです。
BP移行に失敗するプロジェクトの多くは、
「CVI設定は後でやればいい」「とりあえず変換してみよう」
という進め方をしています。
しかし実際には、
CVIで何をどう決めるかが、BP移行の8割を左右します。
まず理解しておきたいCVIの役割
CVIの役割は一言で言うと、
「ECCマスタを、どのBPとして、どんな役割を持たせて作るかを定義すること」
です。
CVIは次のような問いに、すべて答える仕組みです。
- この得意先は、どのBP番号になるのか?
- この仕入先は、得意先と同じBPに統合されるのか?
- どのロールを付与するのか?
- どの会社コード・組織データを引き継ぐのか?
つまりCVIは、
**BPマスタ移行の“設計図”**にあたります。
CVI設計で必ず守るべき「決める順番」
CVI設計には、必ず守るべき順番があります。
この順番を飛ばすと、後戻りできない問題が発生します。
BP番号体系をどうするか(最優先)
最初に決めるべきなのは、
BP番号をどう採番するかです。
ここでの選択肢は大きく3つです。
- 得意先番号をBP番号として使う
- 仕入先番号をBP番号として使う
- 新しいBP番号を採番する
この判断は、
- 既存業務への影響
- ユーザの混乱
- 他システム連携
すべてに影響します。
特に注意が必要なのが、
得意先番号と仕入先番号の番号レンジが重なっているケースです。
この確認をせずに進めると、
変換時に番号衝突が発生し、移行が止まります。
👉 番号体系は、CVI設計の中で最も後戻りできない判断です。
得意先・仕入先を統合するかどうか
次に決めるのは、
同一企業の得意先・仕入先を1つのBPにまとめるかです。
ここで重要なのは、
- 理論上できるか
- 業務上やるべきか
は別だという点です。
たとえば、
- 売上と仕入で管理部門が完全に分かれている
- 与信管理と支払管理を分離したい
といった場合、
無理に1BPに統合しない判断もあります。
CVI設計では、
「統合する/しない」を業務目線で決めることが重要です。
勘定グループとBPグルーピングの対応
番号体系と統合方針が決まったら、
次に決めるのが
ECCの勘定グループと、BPグルーピングの対応関係です。
ここは、
- 1対1にする
- 複数の勘定グループを1つのBPグルーピングにまとめる
など、設計の自由度があります。
ただし新人・初学者向けのプロジェクトでは、
「ECC勘定グループ=BPグルーピング」
というシンプルな設計が最も安全です。
ロール付与ルールを決める
次に重要なのが、
どのBPに、どのロールを自動で付与するかです。
ここで決めることは、
- 得意先マスタ → 得意先ロールを付与
- 仕入先マスタ → 仕入先ロールを付与
という単純な話だけではありません。
- 会社コードロールを付けるか
- 一般ロールのみか
といった粒度の違いまで考慮する必要があります。
この設計が甘いと、
- BPは作成された
- でも会社コードデータがない
- 結果として業務で使えない
という状態になります。
どこまで自動変換し、どこから手動対応にするか
最後に決めるべきなのが、
例外データをどう扱うかです。
実際のECCデータには、
- 必須項目が欠けているマスタ
- ルール外の番号を持つマスタ
- 昔の運用で作られた例外データ
が必ず含まれています。
CVI設計では、
- すべて自動で変換するのか
- 一部はエラーとして止め、手動で直すのか
を決めておく必要があります。
CVI設計を間違えると何が起きるのか
CVI設計を曖昧にしたまま進めると、
次のような事態が起こります。
- BPは作成されたが、業務で使えない
- 本番移行時に大量エラーが発生
- 番号体系を後から変えられず詰む
特に厄介なのは、
テスト環境では問題が見えないケースです。
本番データの件数・例外が入った瞬間に、
一気に破綻します。
CVIを「設定」ではなく「設計」と捉える
CVIは、
チェックを入れていく設定作業ではありません。
- 業務をどう整理するか
- マスタをどう持ちたいか
- 将来どう拡張するか
を考えた上で、
それをシステムに翻訳する工程です。
だからこそ、
CVI設計が甘いと、
BPマスタは必ず“形だけのマスタ”になります。
なぜ移行後に“細かすぎる”チェックが必要なのか
BP移行後に最も危険なのは、
画面上でBPが確認できたことで安心してしまうことです。
BPマスタは、
「存在している」ことと
「業務で使える」ことが、完全に別だからです。
たとえば、
- ロールが不足していれば、受注や発注ができません
- 会社コードデータがなければ、請求や支払が止まります
- 統制勘定がなければ、会計伝票が起票できません
これらはすべて、
BPがあっても起きる問題です。
そのため、移行後のチェックは
「マスタがあるかどうか」ではなく、
**「業務が最後まで流れるかどうか」**で行う必要があります。
新人が押さえるべきBP移行後チェックの考え方
BPマスタ移行後のチェックで、新人が一番やってしまいがちなのが、
「BP画面が開けるからOK」と判断してしまうことです。
しかしBP移行では、
BPが存在していること
と
業務で使えること
は、まったく別物です。
この章では、「どこを見ればいいのか」「なぜそこを見るのか」を、
業務の流れと結びつけて説明します。
まず大前提:BPは“入口”にすぎない
BPは、あくまで取引相手を登録しただけの状態です。
イメージとしては、
- 社員名簿に名前が載っただけ
- まだ部署にも配属されていない
という段階に近いです。
そのため、BPが存在していても、
- 受注ができない
- 請求ができない
- 支払ができない
ということは普通に起こります。
新人の方は、まずこの前提を強く意識してください。
最初に見るべきは「ロールが付いているか」
BP移行後チェックで一番最初に確認すべきポイントが、
ロールが正しく付いているかです。
なぜロールが重要なのか
ロールは、
「このBPを、どの業務で使うか」をSAPに教える情報です。
- 得意先ロールがない
→ SDで受注が作れない - 仕入先ロールがない
→ MMで購買発注ができない
つまり、
**ロールがないBPは“誰なのか分からない人”**として扱われます。
新人がよくやる勘違い
- BPが作成されている
- 住所や名称も入っている
→ 「これで使えるはず」と思ってしまう
しかし実際には、
ロールが付いていなければ、業務には一切登場できません。
次に見るのは「会社コード・組織データ」
ロールが付いていても、
会社コードや販売組織、購買組織のデータがなければ業務は止まります。
なぜここが重要なのか
SAPは、常にこう考えます。
「このBPは、どの会社の取引先なのか?」
この答えが分からないと、
- 請求書をどの会社コードで切るのか
- 売上や債権をどこに計上するのか
が決められません。
よくある失敗例
- BPはある
- 得意先ロールもある
- でも受注を作ろうとするとエラー
これは、
販売組織データが未設定なケースがほとんどです。
新人の方は、
- 「このBPは、どの会社・どの組織で使うのか」
を必ず意識して確認してください。
FIで必ず見るべき「統制勘定」
BP移行後チェックで、
最も致命的なポイントが統制勘定です。
統制勘定とは何か
統制勘定は、
- 得意先・仕入先の明細を
- 自動的に総勘定元帳へ集約するための勘定
です。
これがないと何が起きるか
- 請求書を登録しようとする
- 伝票保存時にエラー
- 「統制勘定が設定されていません」
つまり、
BPは存在するのに、会計伝票が1円も切れない
という状態になります。
これは本番で発生すると、
業務が完全に止まるレベルの問題です。
新人がやるべきチェックの正しい順番
BP移行後チェックは、
次の順番で確認すると迷いません。
- BPが存在するか
- ロールが正しく付いているか
- 会社コード/販売組織/購買組織があるか
- 統制勘定が設定されているか
- 実際に伝票が作成できるか
この順番を飛ばして、
- いきなり受注テスト
- いきなり請求テスト
をすると、
「どこが原因か分からない」状態になります。
最後は必ず「伝票で確認する」
BP移行後チェックのゴールは、
画面確認ではありません。
必ず、
- 受注を作る
- 請求を作る
- 支払を流す
といった、実際の業務伝票で確認します。
ここで初めて、
「このBPは、業務で問題なく使える」
と言えます。
BP移行でよくある失敗をもう一段深く見る
BP移行で多い失敗の共通点は、
**「設計段階で想定していなかったケースが本番で出てくる」**ことです。
たとえば、
- 得意先と仕入先の両方を持つ取引先
- 特殊な支払条件を持つ仕入先
- 昔から使われている例外的なマスタ
テスト環境では問題がなくても、
本番データには必ずこうした例外が含まれています。
BP移行では、
**「例外をどこまで許容するか」**を設計段階で考えておくことが重要です。
まとめ:BPマスタを理解するための最重要ポイント
BPマスタは、
単なる新しいマスタではありません。
- ECCの延長として考えると混乱する
- 仕組みとして理解すると一気に腑に落ちる
BPマスタ移行で一番大事なのは、
BPが作れたかどうかではなく、
業務が止まらずに流れるかどうか
という視点です。
この考え方を持てるようになると、
BPマスタは「難解な存在」から
S/4HANAを理解するための入り口に変わります。

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