「Fit-to-Standard」の理想と現実:標準機能に合わせる難しさと、現場でどうギャップを埋めるかの具体策

SAPソリューション

はじめに|「標準に合わせる」が、なぜこんなに苦しいのか?

SAP S/4HANAの導入プロジェクト、特に Public CloudRISE with SAP の案件に携わっている方なら、毎日一度は耳にする言葉があるはずです。

それが、「Fit-to-Standard(フィット・トゥ・スタンダード)」

「アドオン(追加開発)を極力排除し、SAPが提供するベストプラクティスに業務を合わせる」というこの手法は、いまやSAP導入における「絶対正義」のように語られています。しかし、実際に要件定義のワークショップ(WS)に放り込まれたコンサルタントの本音はどうでしょうか。

  • 「標準機能をデモで見せても、ユーザーから『今の業務と違いすぎて話にならない』と突き返される」
  • 「業務改革(BPR)が必要だと分かっていても、現場の抵抗を押し切る論理武装が足りない」
  • 「結局、上層部からの圧力に負けて、S/4HANAの上にECC時代と同じアドオンを山積みにしてしまう……」

このような「理想と現実の板挟み」に遭い、夜遅くまでギャップ分析資料と格闘している方は少なくありません。

なぜ、これほどまでにFit-to-Standardは難しいのか? そして、どうすれば「なんちゃってコンサル」ではなく、真の意味でプロジェクトを成功に導く提案ができるのか。今回は、現場の生々しいリアルを踏まえ、判断基準となる**「意思決定フロー」**と共にその具体策を徹底解説します。


なぜ「Fit-to-Standard」が叫ばれているのか?(理想)

まず、私たちがなぜこれほどまでに「標準回帰」を求められているのか、その本質を再確認しておきましょう。これは単なる流行ではなく、企業の生き残りをかけた戦略的な選択です。

「Clean Core(クリーンコア)」という新常識

かつてのSAP導入(ECC 6.0時代など)では、システムを自社の業務に徹底的に合わせる「Fit-and-Gap」が主流でした。その結果、数千個のアドオンが複雑に絡み合い、バージョンアップ一つに数億円・数年の歳月がかかる「塩漬けシステム」が大量に生まれました。 Clean Coreとは、ERPの核(コア)を標準のまま保つことで、クラウドの恩恵である「半年ごとのアップデート」を即座に享受できる状態を指します。AIや最新の分析機能がリリースされた際、アドオンの山に阻まれて使えない……という悲劇を防ぐための唯一の道なのです。

ベストプラクティスは「世界中の知恵の結晶」

SAPの標準プロセスは、世界中の数万社に及ぶ企業の成功事例(ベストプラクティス)を元に設計されています。 「自社独自のやり方が最適だ」と思い込んでいても、実はそれは単なる「慣習」に過ぎないことも多い。標準に合わせることは、業務をグローバル水準の効率性に強制的に引き上げる「健康診断」のような役割も果たします。

導入コストとリスクの劇的な低減

一から要件を定義し、設計、開発、テストを繰り返すアドオン開発は、バグの温床であり、コスト増の主犯です。設定(Config)だけで完結するFit-to-Standardは、プロジェクトの不確実性を排除し、ROI(投資対効果)を早期に回収することを可能にします。


現場で起きる「Fit-to-Standard」の崩壊(現実)

理想を掲げてプロジェクトをスタートさせても、いざ実務担当者との対話が始まると、状況は一変します。

「日本特有」という魔法の言葉の威力

「日本の商習慣では、この複雑な値引き計算が必要だ」「このレイアウトの帳票でないと得意先が受け取ってくれない」。これらの声は、現場を支えてきた人たちの誇りとセットになっています。コンサル側が業務の深い背景を知らないまま「標準でやってください」と言っても、「現場を知らない若手が何を言うか」と一蹴されるのが関の山です。

現場コンサルの「引き出し」不足

実は、Fit-to-Standardが失敗する最大の原因の一つは、私たちコンサルタント側にあります。 標準機能の「点」の知識はあっても、それらを組み合わせて業務フローという「線」にする応用力が足りないため、少し複雑な要件が出るとすぐに「あ、それは標準では厳しいですね。アドオンを検討しましょう」と白旗を揚げてしまうのです。これでは「御用聞き」であって、プロフェッショナルなコンサルタントではありません。


【完全保存版】Fit-to-Standard判断フロー図

ギャップに直面したとき、安易にアドオンへと逃げないための判断基準をフロー図にまとめました。要件定義の際、このフローを頭に叩き込んでおくだけで、提案の質が劇的に変わります。

Fit-to-Standard 意思決定の4つのゲート

各ゲートでの思考のポイント

  • GATE 1(標準適合性): SAP Best Practicesを隅々まで理解しているか? 別のモジュールの機能を組み合わせれば実現できないか? を徹底的に疑います。
  • GATE 2(BPRの可否): 「なぜ今のやり方でないといけないのか?」を目的まで掘り下げます。多くの場合は「慣れ」の問題であり、経営層を巻き込んだ説得が必要です。
  • GATE 3(非侵襲的対応): 画面に1つ項目を足すだけなら、ソースコードをいじる必要はありません。S/4HANAの標準機能である「Custom Fields and Logic」で十分です。
  • GATE 4(差別化の判断): その機能は「他社にはない自社の強み」を生むものですか? 単なる「事務作業の効率化」なら、クリーンコアを壊してまで作る価値はありません。

理想と現実のギャップを埋めるための3つの具体策

判断フローで「NO」が続いたとき、具体的にどう動くべきか。現場で使える3つのアプローチを深掘りします。

業務を「システム」ではなく「目的」に分解する

ユーザーの「この画面にこの項目が欲しい」という要望を鵜呑みにしてはいけません。 **「そのデータを使って、誰が、いつ、何の判断を下すのか?」**という目的まで掘り下げます。 例えば、「受注登録画面に顧客の過去10回の購入履歴を表示してほしい」という要望があったとします。これは標準機能ではアドオンが必要です。しかし、目的が「優良顧客かどうかを判断したい」のであれば、標準の「クレジット限度額チェック」や「ステータス管理」の工夫で代替できる可能性があります。

BTP(Business Technology Platform)による「サイドバイサイド」の提案

どうしても標準機能でカバーできない独自性が必要な場合は、S/4のコア(ソースコード)を直接いじるのではなく、SAP BTP 上で開発する「サイドバイサイド方式」を提案しましょう。 これなら、標準回帰のメリット(Clean Core)を保ちつつ、必要な柔軟性を確保できます。最近ではローコードツールの「SAP Build」を使えば、短期間で使い勝手の良いUIを構築することも可能です。

デジタルアダプションツール(WalkMe等)の活用

「標準画面は入力項目が多くて迷う」「操作が分かりにくい」というギャップは、プログラム改修ではなく WalkMe のようなツールで解決できます。 画面上にナビゲーションを表示させることで、標準画面のままユーザーをガイドする。これは「システム改修」に頼らない新しいギャップの埋め方です。特にPublic Cloudのように画面変更に制約が多い環境では、強力な武器になります。


「なんちゃってコンサル」を卒業するためのスタンス

このプロジェクトを終えたとき、あなたはユーザーから何と呼ばれたいでしょうか?

「こちらの言うことを全部聞いて、思い通りのシステムを作ってくれた人」でしょうか。もしそうなら、そのプロジェクトは数年後、メンテナンス不能なモンスターシステムを生み出したとして批判の対象になるかもしれません。

真に価値のあるコンサルタントは、**「時には嫌われ役になってでも、会社を正しい方向に導いた人」**です。

業務プロセスの「思想」を語れるか

SD(販売)なら「受注から請求まで」、MM(購買)なら「発注から支払まで」。それぞれのプロセスの背後にあるSAPの思想を理解してください。「なぜここにこのフラグがあるのか?」には必ず理由があります。その理由(Why)を語れるようになれば、ユーザーに対する説得力は格段に上がります。

「代替案」なき否定をしない

「標準でやってください」は命令ですが、「標準のこの機能を使えば、現行のこのステップが不要になり、結果として〇〇時間の削減になります。だから標準にしませんか?」は提案です。数字とロジック、そしてベネフィット(利益)をセットで提示して初めて、現場は動いてくれます。


まとめ|「標準」は縛りではなく、自由へのパスポート

Fit-to-Standardは、決して現場を苦しめるためのルールではありません。 むしろ、無意味なカスタマイズから解放され、企業が本来注力すべき「ビジネスの変革」にリソースを向けるためのパスポートです。

最初は痛みを伴いますが、標準を使いこなしたプロジェクトは、数年後に必ず「あの時、標準に合わせてよかった」と言ってもらえる日が来ます。

5年後、10年後も価値のあるコンサルタントであり続けるために。まずは目の前の要件に対して、**「本当にアドオンが必要か?」**と、もう一度だけ自分に問いかけてみませんか。

コメント

タイトルとURLをコピーしました